美食批評への誘い

クリティーク・ガストロノミック

 
フランス現代思想家

関  修(せき おさむ)

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第十一回
星の意味の変化

 予告しました『ゴ・エ・ミヨ 東京・北陸 2017』における「期待の若手シェフ賞」受賞店への訪問及びその評価について、本稿執筆時、すでに「クラフタル」と「アビス」の二店について筆者のブログにアップさせていただきました(「関修のトポスアクティブ」、https://ameblo.jp/ozamyu/)。残るは「オルグイユ」のみなのですが、経済的事情もあり、一か月に一軒と考えておりますので、訪問は十月以降になるかと思います。八月は友人の希望で「フロリレージュ」を訪れます。フロリレージュはミシュランでは一つ星ですが、ゴー=ミヨでは17点、四トックとミシュランの二つ星、それも上位に相当します。つまり、ミシュランとゴー=ミヨの視点の相違が明確であり、それを見て取る必要がある興味深い店と言えましょう。また、九月には短期ですが初めて香港を訪れます。そこでは、パリで一つ星を獲得している「アクラム」(八区、トロンシェ通り七番地)の香港店で、ミシュラン香港版でも一つ星を獲得している同名の「アクラム」に参ります。こうした一連の店への訪問は、すべて、「クラフタル」と「アビス」を訪問した際にも痛感した、「星の意味の変化」と深く関係があります。そして、このことは前回会員頁に書かせていただいた「ミシュランの星は、一つ星が一番おもしろいのではないか」という筆者の考えにつながるのです。そこで、今回はこの件について書かせていただこうと思います。
 
 ご存知のように、ミシュランの星は三つが最高です。日本版はフランス版の規定をほぼ忠実に踏襲しています。三つ星は「旅行する価値のある(Vaut le voyage!)」。二つ星は「遠回りしてでも訪れる価値のある(Vaut le détour!)」。ただし、一つ星はフランス版と異なっています。フランス版はそれまでの流れを受けて、「足を運ぶ価値がある(Vaut l’étape !)」となっているのですが、日本版では省略され、「そのカテゴリーで特においしい料理」とだけ規定されています。「そのカテゴリー」にあたる表現はフランス版にはなく、「特においしい」はune grande finesseの訳なのでしょうが、正確には「極めて上質の」といったニュアンスではないかと。二つ星は日本版では「素晴らしい料理」とありますが、元はd’exception、「例をみない」、「尋常でない」といった感じ。三ッ星は「卓越した」とありますが、原語は端的にunique、つまり「唯一無二」という規定です。つまり、想定されるフランス料理の最上レヴェルが一つ星、二つ星はそれを超えてしまっている、三つ星になると他に比べるものがないと言っているのです。ここからもわかりますように、フランス版では一つ星から三ッ星へと段階的に上昇する。つまり、まずは星を取ること。取った暁には二つ、三つへとさらに歩を進めていくことが想定されています。ところが、日本版は「料理」につく形容詞が、「特においしい」、「素晴らしい」、「卓越した」と段階的上昇が理解しづらい曖昧な表現なのです。しかも、一つ星だけ、「足を運ぶ価値がある」が省略されている。つまり、「一つ星」と「二つ星・三ッ星」の間にはある「断絶」があると考えられます。
 
 それは、日本のミシュランではラーメン店・焼き鳥店などが星を取っていることから理解することができます。日本版で付加されたあの「そのカテゴリーで」は、まさしく「ラーメン」、「焼き鳥」などを想定してのことだったのでしょう。星を取っているからと言って、フランス料理愛好家に一つ星のラーメン店へ「足を運ぶ価値がある」と言えるでしょうか。確かに、パリ版でも例えば、今年二区の「Sushi B」が星を取りましたので、パリっ子に寿司屋へ「足を運ぶ価値がある」かと言えば、実はあります。パリ版の場合、三つ星、二つ星にフランス料理以外の店はなく、一つ星のこのSushi Bも夜は160ユーロ、二万円越えです。つまり、一杯1000円ほどのラーメンが出る店に星をつけるという発想ではないのです。逆にここから言えることは、ラーメンなどと肩を並べる日本の一つ星クラスのフランス料理店はフランス(おそらく世界中)に比べて、随分と安いということです。実際、筆者が九月に訪れる予定の「Akrame」も今年、星を取ったのですが、パリ本店はディナーが150ユーロ、約二万円、香港店でさえ、1188香港ドルで17000円ほど。既述の「クラフタル」など夜のコースが7000円で一つ星なのですから、お得感満載です。
 
 しかし、フランスでも(とりわけパリでは)、一つ星と「二つ星・三ッ星」の間にはある種の「亀裂」が生じていると思われるのです。それは、まさしく「ビストロノミ」の登場によるフレンチの在り方の変化が原因と考えられます。ビストロノミとは、ビストロとガストロノミの合成語で、星付きレストランの味をビストロ感覚で楽しめる店という意味です。建築でいえば、装飾を排し機能性を重んじるモダンスタイルとでも言えましょうか。食材に日常性を持たせつつも技術などは最新最上のフレンチで、空間もゴージャスさよりはシンプルでお洒落な趣。コスト面でも、アラカルトよりはお任せコースにして、カリテプリを追求するといったように。代表的な名店としては、2008年にパリ五区に開店し、現在一つ星を獲得しているサンドラ夫妻による「イチネレール」を挙げることができるでしょう。星を取る前は50ユーロほどでしたが、現在はアラカルト、コース共に100ユーロ、13000円ほどが目安のようです。つまり、店のコンセプトそのものが一つ星をある種終着点とするもので、二つ星以上を狙うと、ビストロノミではなくなり、グランターブル、つまり高級店に宗旨替えしなくてはならなくなるのです。
 
 筆者が訪れた「期待の若手シェフ賞」の二店は、この点で対照的でした。「クラフタル」は店のコンセプトが、中目黒という立地からまさにガストロノミを絵にかいたような店で、7000円という価格とは思われないレヴェルの料理が次々と登場します。シェフをはじめスタッフ全員がエプロン姿など、カジュアルさの中に気の利いたサーヴィスやワインリストの秀逸さなどまさに「フィネス(上質さ)」が感じられます。ゴー=ミヨが高く評価するのも納得できます。ただし、もし二つ星以上を狙うなら、全面的な方向転換が必要とされるでしょう。それに対し、「アビス」はサーヴィスの黒服など、内装も含め高級店の雰囲気を味わうことができます。つまり、そのままステップアップして行けるスタイルです。料理を魚に特化しているのが特徴ですが、二つ星以上を狙うなら、肉料理に挑戦する必要が生じるでしょうし、サーヴィス、ワインなどにより高度な洗練さを求められるでしょう。
 
 このように、現在日本のみならず、フランス本国でも、一つ星を一つの到達点として、その中でより完成されたものを追求する店が増えています。享受する客の側もまた、同じ一つ星でも、そのスタイルの違いを把握し、それぞれの楽しみ方を探求する必要があるでしょう。筆者のごとき、貧乏大学講師では一つ星でさえ青息吐息ですが、その中に居心地の良い店を見つけたときの幸せには格別なものがあります(ブログ中の「シャントレルの夜」をご参照下さい)。皆さまが自分なりのお気に入りの一つ星を見つけられますことを!